妖精の歌−09−
それから数日、私は仕事も手につかないくらいでした。仕事中もボーッしていて、部下から「どうかしましたか」と聞かれるほどでしたし、車で走っていてぶつかりそうになったこともありました。毎日家に帰れば美鈴にメールを書きました。ところが、今までだと何でも書けたのですが、会ってからは書く内容に困るようになりました。 会いたい、と思う気持ちは募るばかりですが、それを書くのも何か心に咎めるような気がしましたし、好きだと繰り返し書くのもいかにも不自然なような気がするのです。美鈴のことを大好きであることには違いないのですが、好きになれがなるほど、上手に書きたい、うまく表現したいという気持ちが強くなります。すると途端にキーボードに向かう手が重くなってしまうのです。回数は増えるものの、メールの文章は短いものになっていました。 一方、美鈴からも毎日のようにメールは届いていましたが、それは生き生きとした文章でした。日々の楽しかったこととか、保育園であったことなどが簡単であるけど素直な表現で、端的に書かれています。 文章を書くにも、性格やその人の心の状態が大きく影響するようです。自分でも、美鈴に会う前の方が自分の気持ちを正直に表現できたように思います。 美鈴と会ってから何度も、また会いたいと思いますが、そう休暇ばかり取っているわけにもいきませんし、休日もなかなか都合がつきません。結婚前の息子を持ち、家庭に荒波を立てるわけにもいきません。私にとって、じっとパソコンに向かって美鈴からのメールを読み、また美鈴にメールを書いているときだけが一番幸せな時間でした。 しかし一ケ月もすると、会いたいと思う気持ちがどうしても強まり、いよいよ居ても立ってもいられない気持ちになります。ある日のメールの最後に、私はとうとう「どうしても、また会いたい。」と書き加えました。 美鈴からもすぐに返事が来て、「今度の土曜日、講習会があって東京に出て行くから、そのときに会いましょう。」と言ってくれました。美鈴から希望を与えられた私に、再び明るい日々が戻って来ました。日々の行動が活発になり、ちょっとしたことでも笑顔でいられるようになりました。 男が女を、あるいは女が男を好きになることは、本当に不思議なことです。普通、町で出会っても何の感情も持たない男女が、好きになったということで、相手のすることが気になり、会えないだけで胸が苦しくなってしまうのです。 美鈴が出て来る日がやって来ました。昼間は講習があるので、美鈴と会えるのは夕方です。私は昔の仲間が出て来て宴会があるからと言って家を出、美鈴と会う約束の新宿に出掛けて行きました。 ―続く― |