カツマタクラス

 
2025/11/10 7:16:50|その他
正しく知ることの大切さ
君子は日に三省する(何度も自分の言動を振り返ってみる)。古くから知られた論語の言葉だが、どれだけ正しく知ることが難しいかをも示しているのではないか。どんなに振り返ろうとしても、情報が正しく手に入らなければ、誤った見方になると思うからだ。
先日、一応の停戦が成立したガザ地区の映像が流れてきたとき、思わず目を疑った。「戦場のクリスマス」で見たものとそっくりだったからだ。第二次世界大戦時ポーランドで生きたユダヤ系ピアニストの自伝を映像にした作品だ。何度も死にかけながら破壊されたゲットーの中で終戦を迎え、隠れていた廃墟から通りに出た時の映像が、先日のガザと瓜二つだったのだ。映画のそれをフェイク動画として使ったのではないかと疑いたくなってしまった。
その時ハッとさせられた。きっとイスラエル人のほとんどが、これを嘘だと思うのだろう。どうもほぼすべての報道が、パレスチナの現実をそのままは流していないようだからだ。
歴史は勝者によって書かれるものだというのは、自分が学生の頃はあまり問題にされなかったように思う。しかし、それはたぶん正しいのだ。勝った側、力の強い側のいいように書き換えられたり、原因の一部が正しく伝わらなかったりすれば、正しく見ることはできはしない。原爆投下を戦争終結の必要要素と「当時の人が信じていた」のは納得できるとして、「現在も信じている」のは信じがたい。だが、それが現実なのだ。ガザも同様だ。何年もの一方的ミサイル攻撃によって、イスラエルが問題にしている最初のハマスのテロリズムの前に、イスラエルがしてきたことをうやむやにされることが恐ろしい。何十年もにわたってガザに住む人を縛ってきたこと、西地区で一方的に入植地を作り大学まで建設してしまったこと、その過程で何人ものパレスチナ人を殺害するイスラエル人を放置してきたこと。相手の武器を奪い、抵抗できない状態にしたうえでの略奪・殺人を問題にしないで、どうして今回の侵攻を正当化できるのか。
ひとえに、イスラエル人のほとんどが「正しく知る」ことができなくなっているからではないか。情報をゆがめることは、諸刃の剣。これまでの行為は、必ずすべてのイスラエル人に返っていくと思う。