どう生きるかどこまで生きるかということに対しての答えが見つかる前に、つくづくと思ったことがある。ガザやウクライナの様子を見ていてこんな風に感じた。
故郷と感じる場所にいられるのが多分一番いいのだろう。しかしそれがかなわないのなら、生きられる場所があること、そしてそこで充足を感じるようになることが大事なのだと思う。 相手にそこまでできないのなら、相手からその居場所を奪うべきではないのではないか。特に暴力によって奪うものは、暴力によって奪い返されるあるいは今持っている場所を奪われても、文句は言えないのだろう。 やったら、やられる。 原爆を使ったアメリカ人は、いつか原爆を落とされるという恐怖から逃れられない気がする。それは、特にアメリカ人がずっと持ってきた生き方によって、彼らの心に裏付けられてるのだろう。そしてそれが、彼らの過剰防衛につながっている気がする。
ところで東日本大震災から15年たった。震災で揺れから2日で生まれた息子とどうしても東北、太平洋側を見ておきたかった。今しかないという思いだった。息子には「無理」とだけ言われた。 無計画は昔からだった。前日の夜、一人でも行くぞとなって、車のナビに宮古市を入れた。高速を目いっぱい使って10時間。くたっくたになっていたので、迷わずホテルも飛び込みで頼んでしまった。それから考え付く限りでできるだけ太平洋に沿って南下してきた。総走行距離1500キロ。川越までのも入れると1800キロ余り。大変勉強になった。 まだ整理がつかないが、思うところを今後何回かに分けて書いてゆきたい。 |