カツマタクラス

 
2026/06/26 8:51:57|その他
GWに 2
田野畑は、時間が許せばぜひ行ってほしい。もちろん、その北の久慈も八戸もひどいことになったのだろうし、見ておきたいところであるけれど。

この三日間のことで、一番に語りたいのは、三県の違いと共通点だ。岩手、宮城、福島。どれも結局ごく一部分しか見られなかったが、三者三様。そして、信じられない津波被害の長さだ。今回、結局端から端まで見ることができなかった。田野畑でさえ16mの津波である。その北はどこまでだったのだろう。南はいわき市まで頑張ったのだが、そこも6mあったという。茨木県も大変だったに違いないのだ。それでも、ここだけでもめちゃくちゃな違いを感じた。
岩手では高速道路もタダだった。宮城では、震災記念館に入場料があった。そして福島は、今も被災中だった。さて、今も被災中とは?
国道6号は絶対に通るべき道だと思う。なぜなら、現役のガイガーカウンターを見られるからだ。相馬市南端設置のでは毎時0.104μシーベルトだったのに、浪江町に入ったら毎時1.04μシーベルトになっていた。もちろん風向きやその強さによるのかもしれない。年間1シーベルトまでは大丈夫という話だったと思うが、女川原発のPRセンターでの掲示では、アメリカに行く国際線並みの被ばく量。レントゲン撮影でさえ毎時0.01μシーベルトだったはずだ…キリがないので、この話は次回以降に回したい。

全体を見切ったわけではないが、思うところは多かった。三県の違いは、お金の件でも十分言えそうに思うが、それ以外にもあった。
岩手では、震災を記録することより、現在の生活をどうするかもっといえば観光で生きるか、震災前の産業をどう復活させるか。それが高速道路の無料化に象徴されているように見えた。行きやすい宮城は、かなり復興が達成されていて、むしろ震災の遺構をできるだけ多く残したいと見えた。気仙沼だったろうか、お金を払って見せてもらった高校の遺構では、震災時の映像を何分も見せられた。震災を直視できているように見えたのだ。
それに対して福島は複雑だった。浪江近辺の案内図に、火力発電所や風力発電施設ははっきり書かれているのに、原発はご霊前の香典のように薄く小さく書かれていた。むしろその近辺の通行規制の矢印にドキリとさせられる。自動車だけが通行可で停車禁止の生々しさだ…。
多分全部を見れば、どの県も同様の苦しみを味わい、同様に復興をしてきたのかもしれない。宮古からほんの少し半島側にそれただけで、枯れ木の林が残っていた。浪江の復興祈念公園をほんの少し離れただけで、同様の枯れ木の林を目にした。海水をもろにかぶった木はどうしたって生き残れないし、それを伐って新たな森を作るまで、15年たってもできないような場所はそれぞれの県に沢山、たくさんあるのだろう。
それでも、高速道路を無料にできる政治の力を岩手には感じた。この間落選した小沢一郎氏が頭に浮かんだのは、そうは間違いでないのではないか。そう思った。