パティオと呼ばれた中庭先生(40年前の同僚)の訃報を聞いてがっかりしているところに、先日、香港のドキュメンタリー番組の録画を観た。その時の事を書こうとして、ふと思いついてパソコンである言葉を調べようとしたら、ウィルスに感染したとロックされてしまった。 パソコンが壊れたらしいので、残念ながらしばらくメッセージを出せないかもしれません。スマホを使っての臨時配信なので、時間もかかりうまく打てないのです。 調べていたのは、Be water. 水になりなさい。 実はこれ、私の高校卒業メッセージに使った言葉(もちろん日本語だけ)だったのだ。 広めたのは、ブルース・リー。彼は1973年には亡くなっているから、私より先であるのだが、私としては彼がそんな言葉を残しているとはつゆ知らなかった。当時漢文が好きだったので、こういう事を言っているよと紹介したかっただけなのだが。 自慢したいわけではない。ただ、その時や今回の放送などで学んだことがあるので書いて置きたくなったのだ。 どうも私の言葉は、いつもほとんど反発しか生まないようで、卒業メッセージでは、すぐ後ろの出席番号の男に「水になんかなれるか、バカ」と書かれてしまった。 せっかくの発言の機会を、私への反発の言葉で終わらせてしまって、悪いことをしたと思うと同時に、考える人でもものの本質をとらえるより、感情に支配されるものだと学ばされた。 香港では、政治体制がどうなろうとわれわれは(自由民主の)香港人を失わないぞ、というスローガンだったと思うのだが、その意味でもこれからの香港人を試す言葉になっていると思わされた。もう全ての香港人がかわらないとは思えない。しかし、何割かは残り続けると信じたい。根拠というなら、堺である。 自由民主の商業都市堺は日本全土の商人に生きていたのではないか。それは第二次大戦後の日本人の気質になってのこっているど信じたい。 Be water 怒りにとらわれず、本質を見つめたい 今も心の一つにしている言葉である。
それにしても、中国に少しでも批判的なサイトを見ようとすると、ウィルスに感染してしまうこの状況、何とかならないのだろうか。中国にとっても、絶対不幸だとおもうのがだが。いや、学習しない私がわるいのだろうが。
ごめんなさい。しばらくブログ休止になるかもしれません。
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