カツマタクラス

 
2026/08/06 8:00:32|その他
首都と地方
久しぶりに高速バスに乗った。息子のブラスバンドのコンクールがあるからだった。何度も行く気はしないが、何年かぶりに高校の文化部のコンクールを見るのも悪くないかと思ったからだ。卒業すれば行くこともなくなるだろうからという思いもあった。結論から言うと、息子の部活の演奏は聞けなかった。高速バスが一時間遅延したからだ。東京駅に着いてから一時間半はあるから、十分間に合うだろうと思っていたのだが。
主たる目的が失敗に終わったので、得るところは少なかった一日だったのだが、全くゼロというわけでもなかった。むなしさを感じながらそれでも帰りのバスまで7時間ほどあったので上野に行ってみた。空いているところがどこかあるだろうというわけだ。鶯谷で降りて、一番近い国立博物館に入ったのだが、びっくりしてしまった。入場料が1000円になっていた。スミソニアンはタダだったので、東京や京都の国立博物館が入場料を取ること自体に不快感を抱いていたのだが、ついに3桁に達してしまった。
日本は文化をお上が守ってくれる国ではないのだろう。地方にしろその家にしろその文化を守るのは個人なのだ。

国立博物館には膨大な所蔵品がある。だから黙って定期的に展示物を入れ替えている。たとえば。日本一の刀は大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)を切った童子切(どうじぎり)なのだが、これが正月にしか展示されない。そこでついついここに来るのはその時期になっていた。何年かぶりで、しかも全く違う時期だったので、どんな展示がされているか興味もあった。結論を言えば、今一つだった。大典太(おおてんた 国宝の刀の一つ)が出てはいたが所蔵品を考えると目を引くものは少なかった。ただ実感させられたことがあった。私は美術品が好きなのだ。
博物館は文字通りあらゆる文化的文物が網羅(もうら)されている。残念なことにどんなに古くても魅力は感じなかった。ただ、相沢さんが見つけた黒曜石のナイフは目を奪われた。美しかったからだ。
私が行きたいのは博物館ではない、美術館なのだ。そう自覚できた。
その意味ではなんだか苦しくなった。

もう一つやろうとしたことがあった。婚約指輪代わりに買った機械式時計のオーバーホールだったのだが、お店に行ったらその階は閉鎖中だという。かわりにオメガの階に回された。値段を聞くと6万7000円、ほかに蓋の調整もあるから7万以上にはなるという。芸術はお金と時間に余裕のある人のもの。むかしから言われてきたことだったが、久しぶりに実感させられた。もちろん修理依頼はしてきたのだが。
この時計が象徴なのかもしれないとおもった。買った時の値段は10何万の品物である。落としたりなくしかけたり、何度もメンテナンスを繰り返して、すでに買った時の何倍も払っている。守成は創業よりも難し。継続は力なり。不発の1日が結構勉強の1日になった。
そして。
自分は「地方」の人になっていたのだな、と実感させられた一日だった。