桜の季節が終わろうとしている。故郷の桜も老木となって、悩ましい状況が近づいている。富士宮でも結構な美しさであった浅間大社付近の桜が次々と伐られて、寂しい限りである。桜は花を見て楽しむ以外の役目がない。しかし、メンテナンスは一年続く。虫は付きやすいし、落ち葉も花びらも半端ない落ちようである。 見て楽しめる人、近くで深くかかわる人が、どれだけその木を大事に思えるかにかかっている。部外者は、その一瞬を楽しませてもらえることに感謝し、守っている人の苦労をねぎらうことしかできない。多くは、そのねぎらう気持ちさえないから、管理者はバサバサ伐ってしまうのだろう。 全体を把握しないと、不幸しか生まない。 日本を筆頭に、アメリカにアピールすべきである。今回の責任は取らせつつ、また、その弊害を甘受しつつ、それでも受け入れられる代案を出して(あるいは、体面を保ったふりをさせられるようにして)手を引かせる。 高市さんに残された時間は少ない。
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