■名刺
東京オリンピックの前の年 私は中国地方の中学3年生であった、 そのころ 我ら田舎の学生は、学生服に高下駄、ペシャンコにつぶした 学生帽で登校する、バンカラな硬派を競うのが流行であった。 そんな時代であれば当然、女子学生とふたりだけでおしゃべりをする ましてや 恋を打ち明けるなど、不文律ではあるが ご法度であった。
しかし、どんな時代でも掟破りはあるもので 3年生の秋 初恋をした。 運動会のフォークダンスの練習で、初めて手を組み、肩越しに給食に出 た脱脂粉乳の匂いを感じたとき、掟などもうどうでもよくなってしまっていた。 その後、この恋の行方は省略させていただくが、 ふたりが二十歳の秋、彼女は突然 天に召された。 本田美奈子・夏目雅子と同じく 白血病だった。
あれから 三十数年 法事で故郷に里帰りした帰り道 特急列車の止まる駅で東京行きの切符を買っていた。 東京まで京都経由でお願いしす。 指定席ですか?・・・・・ ふた言み事言葉を交わしていたとき、 私は、ただ今の担当者は○○ですと親切に書かれたプレートを見て、 突然言った。 「妹の○○さん亡くなって何年になりますかねえ.....」 窓口の駅員は方言の混じった言葉で驚くでもなく、「三十三回忌を昨秋 やってやりました。」 あなたは妹をご存知ですか? 「はい 初恋のひとですから」 そこで駅員は驚きの顔をしたが、 わたしは名刺を胸から取り出して窓口に押込みながら言葉を続けた、 「私を彼女に会わせてください。せめてこの名刺で、お墓でも仏壇で も」 私の迫力に負けて、駅員に拒否などする暇は無く、 「はい、きっと仏壇に報告します」と答えると、 表と裏を繁々と見ていた。
あれから もう一年 彼女には未だ 会えていない・・・・・・夢の中でも 私の去年の転職で名刺が無効になったこと知らないせいだろうか。
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