カツマタクラス

 
2019/01/17 17:37:17|その他
捕鯨に思う
年末年始の番組で見て印象に残ったものには「池の水全部抜きます」もある。朝日新聞の「科学の扉」にそのことと思われる記事があったからだ。タイトルは「有害生物駆除に死角あり」
有害生物だからといって無考えに過剰駆除すれば、中位捕食者の解放につながるというものだ。ブラックバスは在来生物をバクバク食べてしまう。だからと言ってブラックバスだけを一気にとってしまえば、別の外来種であるアメリカザリガニ(中位捕食者)を異常繁殖させることになり、在来種の減少が止められないどころかザリガニによって畔(あぜ 小さな堤防のようなもの)の破壊など別の被害も増えてしまうという話だ。(年末年始の番組では、ありとあらゆる外来種を根こそぎ駆除した。つまり、実は外来種だからと鯉なども全て駆除していた)
今は無き実家の池で子供の頃よく池のさらい(「池の水全部抜きます」の個人宅バージョン)をやっていたので、番組自体はとても懐かしく楽しく見させてもらった。絶滅危惧種とされていた二枚貝や亀の巨大なのが幾つも保護されているのをみて、こんなに身近な世界であっても、いかに[見て]いないかがよく分る番組であった。絶滅危惧種のいくつかは、絶滅の心配などなく、実はしぶとく大量にいておかしくないのだろう。そして、人間が作った環境(池・世界)は、松林や入会地(里山)などと同じく、人間が維持管理しないといけないのだ。
そのうえで、国際捕鯨委員会(IWC)でのクジラだけの保護がとても印象に残った。IWC加入国は無条件に一切のクジラ類を取るなという話らしい。
一時期日本人であった高砂族の首狩りは、いくら深い信仰(宗教的生き方)によるからといって残していい文化とはならないだろう。しかし、全体をとらえる努力(民族的文化的背景や海洋を中心にした地球環境等を含めた調査・研究)を一切せず、一部の生物の無条件の保護(あるいは養殖)は、ゆがんだ結果を生むとしか考えられない。日本の農業が知る「連作障害」がいい例だ。
捕鯨反対者と同じ視点に立つなら、(多分間違いなのだろうが)大好きな桜海老が取れなくなったのは、増えたクジラが食べちゃったからだろうとか、南氷洋のクジラは食物連鎖の頂点なのだろうから、十年もすると南氷洋のイワシやアミが激減して、現在の生態系がぐちゃぐちゃになることを日本政府は待っているのではないだろうかとか。もっと言えば、南半球の大量の放牧が実はクジラ減少の根本原因ではないかとか。
根拠のない感情論は、広まりやすいくせに、ゆがんだ結果を生む。そして、現実を突きつけないと分ってもらえないタイプの人間は結構いる。李氏朝鮮は、秀吉が攻めてくるとは想像だにしていなかったと聞いている。ファンドや仮想通貨といった化け物が跋扈(ばっこ おもうままにふるまうこと)し始めた現代。行き過ぎない行動、配慮しあう行動を、みんながとれるような世の中になって欲しいし、その努力をしなければならないのだろうと思っている。