カツマタクラス

 
2018/07/19 17:04:12|その他
新聞を読もう
夏休み前の授業が残りわずかになって、心構えなどを話題にした際に、やはり新聞に言い及びました。「新しく聞く」という位なので、どうしても時事の話題が中心になるが、情報アンテナのさす先としては必須の方角です。そこで、担当教室でこんな話をしました。

同じ会社であっても、毎日の紙面を同一人物が完全カバーするのは不可能なはずで、どうもある程度の周期(スパン)で、担当者が変わっているように思われる。月曜、水曜、金曜、日曜の担当・責任者はA氏、火曜、木曜、土曜はB君、といった具合にである。だから、曜日によってスクラップしたい記事が一つもないときもあるし、逆に三つも四つも切り抜く羽目になる日がある。会社によっては、自信のある記事の裏面はコマーシャルにしたりして、切抜きを前提とした割付をしている感がある。そんなときは、編集者の顔までが想像される。だから、何日か読んで好きな曜日がきまったら、その曜日だけ読むのでもよいから、新聞にチャレンジして欲しい。

特に夏は戦争と切り離せない季節である。従軍慰安婦問題にしろ、北方領土等領土問題にしろ、「過去」を振り返る記事が多い。そんな中でつくづく思い知らされたのは、どうもいくつかの国では、「過去ではない」ということだ。英国では100年戦争というものがあったという。人生80年としても、生きている間中、戦時中であったわけだ。
朝鮮半島にあっても、スイスにあっても、然り(しかり そのとおり)なのだろう。永世中立国とは、戦争をしているからこそ「中立」という立場が成り立つ。
では振り返って、日本。まだ戦争をしているのに、戦争初期のことだからと、なかったことにできるだろうか。サッカーの試合で例えるなら、前半に2点入れられている状態で、後半は前半の点数は無しね、といえるだろうか。もっと厳しいのは、相手が「戦争が止む時は来ない」と思っている場合だ。無条件(?)で北方四島を返還してくれるというのは、相手も終戦を宣言してくれるという事なのだ。(米国は、無償で(?)沖縄も小笠原も返してくれた)
お互いが、心からの終戦を宣言しない限り、終戦は迎えられないのだろう。もし、そうであるとしたら。では、それはどうやったら実現できるのか。難しい、難しい問題である。