カツマタクラス

 
2019/03/19 5:21:19|その他
クリストファーとアメリゴ
いつ地震が起こらないとも限らないと前回言っておきながら、それでも平穏な明日を信じて行動しないわけにもいかないので、今回は卒業生を送り出した一年生対象の一言です。

結構大切な教材の一つに「幻の魚は生きていた」がある。田沢湖で絶滅したと思われていたクニマスという魚が、山梨の西湖で生きていた。その発見にまつわる文章である。戦争下の国策で絶滅させたこと、人間の力で残っていたこと、がけ崩れ(自然の営み)による地質の変化でクニマスが生き残れる特異な環境が偶然形成されていたこと、さかなクンという「有名人」が発見にかかわっていたこともあってかなり話題になったこと。沢山の背景をもつ教材である。しかも、うちでは、そこ(西湖のクニマス生息場所)に宿泊研修に行っている。
面白いのは、多くの人間が関わっているこの出来事の中に、さかなクンの名前はなく、発見のきっかけを作った最初の人の名前だけが残されている点だ。そこに、新大陸発見のときの話に共通するものを感じた。それで、表題について。
クリストファー・コロンブスとアメリゴ・ベスプッチ。
コロンブスは姓で、アメリゴは名なので、表題は名前でそろえてみた。新大陸を発見したといわれているのはコロンブスだが、ご本人は新大陸を発見したと思わずに死んだという。有名な話だが、そのせいで、今もアメリカの先住民がインディアン(インド人)といわれているのは、実にかわいそうなことだ。一方、新大陸を証明したベスプッチの方は、世界一巨大な国の名前になっている。
クニマス発見と同様、発見も大事だが証明も大切なのである。証明されないまま過ごすことは、大きな誤解と弊害を生んでしまう。
強い強い情熱がなければ、そして、行動がなければ「発見」はないのだろう。同時に「発見」を発見にするのは、冷静で論理に基づいた「証明」なのである。理(論理)の大切さを示す良い例と言えないだろうか。感情に振り回されず、理によって動く。もちろん、そればかりでは革新はないのだが、子供から(近代的な)大人になるための最も重要な階段の一つである。

(私はそう思っている)