カツマタクラス

 
2018/09/21 20:48:32|その他
文化祭を終えて(2)
前回は文科省に批判的なことを書いてしまった。たしかに、やれといわれたら命まで投げだしかねない国民性はあるかもしれない。また、自らの意思か、親・教員のエゴなのかは判別しがたいのかもしれない。しかし、だからといってすべてを否定していいものか。
自分の限界に挑戦してみたいという生徒は確かにいる。時間をかけなければいけない場合も確実にある。教員の負担が問題なら、代用教員・準教員を作って充てたり、三校合同の活動を三週で一周するように組んだりといくらでも手があるのではないか。問題は、どこまでが「みずからの意思」か、あるいは本当に「みずからの意思」なのかである。(ヘレンケラーとサリバン先生の例を見れば分るように、判別などできないのだろう。しかし)それは、本人たちに振り返らせるしかないのであって、ゆとり教育がそうであったように、形から入ってうまくいくとは思えない。

それはさておき、今回の文化祭ではとても嬉しいことがあった。中学の話でなくて申し訳ない。二日目の午後のことである。例によって校門前の受付をしていたのだが、来校した小学生から校舎の入り方を聞かれた。なぜ焦っているのか尋ねたら、美術部に行きたいのだという。びっくりした。あと2時間ないというのに、わざわざ美術部を見に来たといわれたのは、初めてだった。それもふたり。
しばらくして気づいた。プラバン作りに来たのだ。
例年は団扇作りだけだった。生徒が、今年はレジンかプラ板がよいという。ところが私を含めほとんど作ったことがない。作り方を確認し、試しに作ってみるように言った。作り方をわかりやすくするようサンプルをつくり、型どりすればよいように台紙も作ってもらった。実質3人の部活であるが当日の臨時手伝いと高3で、初日結構頑張っていた。それが多分よいうわさになったのだろう。
部員の希望で、部員が仕込んで、部員が動かした企画だった。材料費はもらわなかったが、単価はそれほど高くない。多分家でもできることだろう。ただ、筆記具の色がそろいにくい。トースターを用意して、銀紙を切って、フラバン・丸環・根付を買って……。一番はポスカなどの筆記具。一人でやるには結構やっかいなのだ。
『わざわざ来なくても、家でもできる』多分そうなのだが、うちの文化祭でならいいものが作れると思ってわざわざ来てくれたのだ。
そういう人が、いてくれたのがとても嬉しかった。
残念なのはかなり盛況だったことだ。あの二人は、待たされりしないでいい作品を作れたのだろうか。モノを売って部活動の足しにする文化祭であるのもいいかもしれない。自分たちの成果を見せる場でもあるのだろう。どのような形もありなのが「文化」祭なのだろう。
うちの部員は、来てくれた人の笑顔のためだけに、美的なものを作ることの楽しさを伝えるための場を作ることの意味を学べたのではないかと思った。

次回「継続は力なり」の予定です。