予想もしないことが起こりうるとは思っていたが、まさかトランプ暗殺未遂など起こるとは思っていなかった。彼を利するだけだからだ。ひどい見方をするならば、誰の差し金かわからないぞと言いたいくらいだ。彼のことだから、本当だったとしても自分のやっていることに自信を深めるだけではないのか。イランと違って、トップがいなくなれば方針が全面的に変わるくらいならいいのだけれど。
世情は一旦置いて考えていることがある。
赤ひげという映画で、ろくすけの死を見た。重いがんに侵されているうえに家族たちに見捨てられ、小石川療養所内で一言もしゃべらず死んでいく。それを主人公の安本が死に切るまでじっと見守るという場面。どうすることが、本当に生きるということか考えさせられた。だが、今のこの世情を考えると、別の意味で幸せな場面ともいえる気がして、ますます悩ましくなった。 現実には、元気で明日を信じ切っていたのにこの世からはじき出されている人々が飽きるほどいる。東日本大震災しかり、ガザ地区然り、ウクライナしかり…。突然今を命を奪われることを考えると、自分で精いっぱい生きられることは、どんな状態でも幸せな方になるのではないか。 だが、しかし。先日、胃ろうは延命措置だと教わって、また胃ろうにすると唾(つばき)が増えて逆流性誤嚥に伴う誤嚥性肺炎やその結果無気肺の傾向も高くなることを知った。どうしたって寝たきりになって、ろくすけのようになる。戦争とは違う意味で、生きることを考えさせられてしまう。それはある意味で幸せであり、別の意味で苦しみである。 どうするのが、一番いいのか…。 とにかくできる限り生きる。生命活動が終わるまでは、維持できるよう頑張る。いいのか悪いかわからないが、今はそれしか考えられない。さて……
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