前回の文書は、中途半端になってしまった。伝えたかったのは、復興できている場所はできているということだ。多額の資金を投与してもらえるところは15年前より発展していると言えるのではないか。 下手をすると何百件分の値段の戦闘機が何十機も流された部隊も、今は十分国防に耐えられるようになっている…それを見たかったのだが、道に迷い、時間に追われ結局見ることができなかった。 ただ、二日間びっしり500キロ走って、すべての海岸で津波被害の跡を見させられたことは、あまりに衝撃的だった。そしてあの福島原発付近でも復興祈念館がいろいろな形で建っていたことは、その傷跡の深さを思わないではいられない。 一方でうーんとうなったことがある。関東のどこを見ても、関東大震災の復興祈念館にあたるものを見ることがないことだ。それは戦争についてもいえることかもしれない。そう感じた。モニュメントがない、そんなはずはない。被災者や戦没者の慰霊碑はそこら中に立っているし、たぶんそれを見つめようとする目を私が持たないのだ。 先日、富士にあるかりがね堤を見てきたのだが、その起点部分の神社に人身御供の石碑が建っていた。そういえば、東京の丸の内には平将門の首塚が今も残っているという。それぞれの歴史的出来事、災害に当時の人々がどれだけの衝撃を悲しみを受けたことか。 一つの古びた小さな祠に、どこまでしっかりとその意味を感じ取れるか。復興祈念館の先に、何を見つめられるか。この十五年間が何であって、これからの15年間をどう生きるべきか。そんなことをかんがえさせられたゴールデンウィークだった。まだ、経験の整理が仕切れない自分である。
もっともっと語りたい四日間だったが、それ以上に情けない状況が世界で広がっている。トランプのアメリカのことだ。大国の横暴をウクライナで見せつけられて、うんざりしたつもりだったのに、最大のアメリカが最悪の国だったと見せつけられている。では二番目の中国は?やっぱり信頼できそうにない。ロシア、アメリカ、イスラエル。これらは言うまでもない。しかし、中国もイギリスも露骨な戦争こそ行っていないだけで、第二次世界大戦の戦勝国はみんな好戦的な自己主張をしだしている。世界全体を顧みない独善の国家ばかりと言えるのだろう。アメリカのせいで、ガソリンを筆頭に食料まで涸れはてているキューバなどのことをかんがえると、ロシアやイスラエルだけでなくアメリカもなくなってほしいと思いたくなる自分がいて辛い。クラウドを筆頭にどっぷりアメリカとつながっている自分であると自覚しているからだ。世界を混乱させることは、自分たちの首を絞めているのだと、天に向かって唾しているのだと、アメリカ人に訴える方法はないのだろうか。 過度な成功は失敗のもとであり、現在のアメリカは失敗した自覚を持てないのだろうか。ベトナム戦争の二の舞をしているのだから。 限りないテロを起こされてもしたかないと思い始めているのは私だけなのだろうか。 |